P-47D バブルトップ 製作記(1/32ハセガワ)
レイザーバック

2007.6.20 初出

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 塗装(並行して細部) 11/16追加




■ 下地塗装

 小物の作業と並行して、塗装に入る。水を少量付けた歯ブラシでリベットの目詰まりを丹念に掃除。フィニッシャーズのピュアシンナー(と同等品)でクレオスのサフェーサを極薄く希釈。このシンナーは、若干プラを溶かすため、塗料の食い付きが良い(はず)。もちろん、リベットがぼやける程は溶けないから、たっぷり吹いても安心。これを下地が透けるくらいに薄く吹く。傷など不具合を発見するのが目的なので、とにかく薄く。



キズなど、サフで埋めペーパーがけしたところ。アウトレットのドアもようやく取り付け。



■ 主翼パイロン

 ハセガワを使うが、翼型をいじったため、翼とフィットしない。しかもそのままでは地面に垂直でなく前から見て「ハ」の字になるので、これも修正しつつ削り合わせる。パーツを実機写真と見比べると、形状など少々異なるが、まあ許容範囲だな(というより面倒くさい)と思っていると、またつまらないミスを発見。

 片側だけにある側面の穴は、実機では左右パイロンとも左舷側にあるが、キットでは両パイロンとも内側にある。気付いた以上は直してやろうじゃないか。おいおい、しっかりしろよ、ハセガワ担当氏。ちなみに、タミヤは正しい。



上:右舷側パイロン修正前、中:同修正後、下:左舷側パイロン。穴だけでなく、スジ彫りも変わっている。

上:右舷側パイロン修正前、中:同修正後、下:左舷側パイロン。


 主翼接着後に隙間を溶きパテで処理。


■ アンテナの蘊蓄

 以前、P-51製作記で、西部欧州に展開した8AF(第8空軍)所属のP-51にはアンテナ線が無い、と書いた(詳細はこちら)。実機写真を見ると、同様に8AFと9AFのP-47はアンテナ線が無いように見える。その他、写真で気付いた点を以下いくつか。
  • MTO(地中海戦線←イタリア含む)、太平洋、CBI(中国、ビルマ、インド)では、基本的に「線あり」。これはP-51も同じ傾向。なお、その場合の線の張り方には各種バリエーションあり。

  • 極初期の8AFには、アンテナ「柱」が無く、かわりにホイップアンテナのような細いアンテナを装備している機体が多数ある。D.シリング搭乗のレイザーバックなど、デカールが出ている有名機にもこのタイプがあるので要注意。

  • 8AFでも極初期には「線(&柱)あり」が確認できる。

  • 太平洋戦線のレイザーバックなどには、胴体側アンテナ線引き込み部(碍子?)の位置が、左舷側で通常より後方かつ下方にあるもの(通常はアンテナ柱直後付近右舷側にある)が複数機確認できる。

  • 世傑など見ると、C型や極初期のD型ではイレギュラーな位置のアンテナ線引き込み部が見られる。(新世傑p.43、44)
 英国を基地とした8AFの米軍機は、英軍の無線システムを使ったため、アンテナ線不要となったと考えられる。となると、同じ8AFのP-38やB-17、B-24はどうだったんだろう。



胴体側アンテナ線引き込み部の位置が通常と異なる例。次の写真とも文献-2より。

アンテナ柱がない例。本の写真だと矢印位置あたりにうっすらホイップアンテナ状のものが見える。また引き込み部位置もイレギュラーのようだ。



■ マーキングの選定 11/22追加

 塗装工程に進んだので、マーキングのネタばらし。製作当初から、無塗装銀にすることは決めている。かねてから、インアクションの表紙にもなっている太平洋戦線348FGのビル・ダナム少佐(William(Bill) Dunham:ウィリアム・ダンハムと書かれる方が多いか)の"Bonnie"号をやりたかったので、製作開始時点ではこれに決めていた。ところがトラペが指定塗装に選んだのに嫌気がさす。(いや、全く余計なことをしてくれるぜ)

 だって、あの不細工な姿のBonnieが世界中に溢れる中、自分の作品がその仲間と思われるなんて耐えられないのだよ。デカールの書体なども全く出来が悪いしね(インレタを作れば関係ないけど)。あえて負け惜しみ?を言えば、防眩塗装は「黒」とする説があって信憑性も高いが、黒には塗りたくないんだよね。私としては米陸の銀にはオリーブドラブしかないのだ。(だから将来自分が作るとすればあえてODにするつもり。)



348FGダナム隊長機。胴体上面塗装はオリーブドラブより暗い色調(黒か?)に見えなくもない。


 そこで、同じナチュラル・メタルの機体を探すが、意匠、考証、戦歴の3拍子揃うのがなかなか見つからない。デザイン的には機首にチェッカーをまとった353FGか78FGが筆頭。考証すなわち実機写真で塗装が確認できる機体もいくつかあるのだが、搭乗パイロットの戦歴が地味だったりして、イマイチ食指が動かない。CBIにおける1ACの胴体斜め5本の黒(紺?)帯も魅力的だが、パイロット不詳と、背中のループアンテナが不細工。MTOの57FG"Hun Hunter XIV"は、意匠が派手で私好み、戦歴もあるし、写真とカラームービーも残っているのだが、部隊マークの手描きが無理で泣く泣く諦める。(デカールが出れば、これになる可能性もあり)



黄黒チェッカーの353FG機。同隊の銀のレイザーバックで、機体全体が判明しているものは少ない。

白黒チェッカーの78FG。色味に乏しいから、カラー写真の意味なし??。同隊においても、左記と同じ条件のものは少ない。

1AC(1st Air Commando)所属機。本機(Pitts Pot)は左側面の全体写真もある。

57FG"Hun Hunter XIV"。下の参考サイトにあるムービーも当機。


 結局、どちらかというと消去法で最終的に残ったのは、56FGのスーパー・エース、ロバート・ジョンソン少佐の最終機"Penrod and Sam"。考証的には写真が複数あり、ノーズアート、スコアマーク、機体全体ともに判明している。パイロットの戦歴については申し分なし。唯一残念なのは、意匠的にやや地味なこと。まあでも逆にケレン味がなく、見方によっては「渋い」といえるかな。ノーズアートがインレタで十分再現可能なのも大きな理由。




ロバート・ジョンソン少佐と彼のP-47D-21-RE"Penrod and Sam"。左は機付長ペンロッド軍曹

左と同じ機体。コードレターはLM-Q、シリアル42-25512、機首は赤、ラダー黄色。ポーズを取るのはもちろんジョンソン少佐。


 ここで、どうでもいい話をひとつ。ロバート・ジョンソンを検索すると、悪魔に魂を売ったという伝説のブルースギタリストがヒットする。これはこれで好きなんだけど(といってもエリック・クラプトンのカバーを通してね)。そういや56FGにはマイケル・ジャクソンもいるなあ。「Hoo!」


■ ロバート・ジョンソンのエピソード

 彼に関しては、有名なエピソードがある。オスプレイの「第8航空軍のP−47サンダーボルトエース」(参考文献-29)にも記述があるが、その他の文献やWeb上にも記述があるので、以下、それらを元に適当に再構成して、当日を再現してみる。なお、記述によって相違があり、私の勝手で取捨選択したが、それが正しい保証は全くないので念のため。


1943年6月26日の戦闘

56FGにとっての最悪の日の1つが1943年6月26日であった。48機のP-47Cが、パリ近郊の飛行場を攻撃するB-17をエスコートするためRAFマンストン基地を早朝離陸した。P-47が会合地点に接近すると16機のFw190(II./JG26)に攻撃された。

最初の一撃で、61FSの編隊の後尾にいたジョンソン機が銃撃された。コクピットで爆発した20mm機関銃弾により右足を負傷、エンジンにも命中し、酸素ボトルが爆発してコクピット内に火炎が噴き出し、油圧システムの損傷で飛散したオイルに視界を奪われた。

低酸素症でふらふらする頭で、彼はベイルアウトを試みるが、銃撃で損傷したキャノピが後方に動かない。側面の窓を叩き壊すが、彼自身とパラシュートが抜けるには小さすぎる。その間にも機は急降下していた。脱出が不可能と分かると、次に彼は胴体着陸を決心した。そのとき、彼は気付いた。『この飛行機はまだ飛んでいる』。炎は消えていた。『何としてでもイギリスへ帰ってやる』。彼は英本土へと機首を向けた。

黄色い機首のFw190が1機、背後から攻撃してきた。銃弾が防弾板に食い込む。彼はシートを下げ、ラダーペダルを踏んで激しく機動し、攻撃に耐えた。幸いなことに敵機は20mm弾が尽きたのか、7.92mm機銃のみであった。攻撃中、敵機は横に並んだ。彼と彼の愛機をじっと観察しているようであった。そして弾切れになると、優雅に旋回して大陸方面へ去っていった。

ヘッドホンから声がした。『ハロー、ハロー、高度を上げられるか?』。レスキュー飛行隊だった。『やってみよう。だが今は高度1000フィートもない』。彼がそっと操縦桿を引くと、P-47は期待に応えてゆっくりと上昇していった。『よし。方位345度に向かってくれ』。

 40分後、マンストン基地に到着した。幸い脚はちゃんと下り、タイヤもパンクしていなかった。フラップもブレーキも使わず、彼はマンストンの草地に接地した。RAFのスピットファイアとタイフーンが向こうに駐機していた。危ういところで彼は左ラダーペダルを踏み、P-47はグランドループして後ろ向きに2機の真ん中に滑り込んだ。着陸後、ジョンソンは銃弾の孔を数えたが、200を越えた所でギブアップした。

その日、56FGは5機を撃墜され4名戦死、他に6機撃破という大きな被害を受けた。彼を攻撃した後者のドイツ機は特定されていないが、エゴン・マイヤー中佐(III./JG2)のFw190A-5であったという説がある。

  • B-17はB-24と、また出撃時刻も午後遅くとする説あり。
  • 酸素ボトルはコクピット背後防弾板の後方に設置されている。
  • 2機目の敵機について「青い」という説(オスプレイ)あり。
  • エゴン・マイヤー中佐は、1917年8月19日生まれ、1937年ルフトバッフェ入隊、1939年12月、I./JG2に配属されて以後常にJG2に所属し、西部戦線で戦い続けた。通算102機撃墜。その中には多数(26機)の四発重爆が含まれる。1944年3月2日、Fw190A-6 (W.Nr.470468)搭乗中、P-47に撃墜され戦死。


上記関連サイト


■ さらに細部 12/3追加


フラップ

   キットは翼型の影響でフラップが分厚い。2/3程度に薄くする。モールドされているリベットは、残念ながらリブの位置などがズレている。ただし、厳密には取り付けステーの位置も修正する必要があるが、それはパスしたので、作品では主翼のリベットライン(これはStaナンバーからリブのピッチを割り出す)との辻褄が少々合っていない。



縦リブの間隔がまちまちだが、実機がそうだから仕方ない。基本的に、主翼のリブと同じ位置になる。



脚カバー

 基本的にキットパーツを使用する。ハセガワのパーツは内張りが別パーツとなっており、このためヒケが生じないし、リベット打ちにも都合がよい。これは特筆すべき美点。ただし手放しではなく、下側の主脚カバーの内張りは、折れ曲がる箇所が違っている。作品は、面倒くさいのでそのまま。正しくは表のリベットラインが折り曲げ位置になる。また、脚柱上部にあたる細長いカバーも、内側のリブ位置が少々ズレている。リブを0.3mmプラバンで作り替え。

 リベット打ちの手順は工夫が必要。カバー外側と内張りを接着する前にリベットを済ませる。その後、内張を接着してからフチを薄く削る。逆は、たまぐりでフチが凸凹になってしまう。



左加工後。右キットオリジナル。カバー下端に0.2mmプラバンで細いフチを追加。

縁を薄く削る。内張りの断面は正しくは赤線のようになる。

車輪カバーはフチを薄くしてリベットを打っただけ。内側の凸リベットは、アップで見ると大味なので、削り落として○リベットを打つ。

縦のリベットは千鳥パターンにしてみた。上端のプラバンは、主翼取り付けに真鍮線のピンを打つため。



■ ロバート・ジョンソンの乗機に関するどうでもいい考証

 彼の搭乗したP-47は、サイト@サイトAによれば、少なくとも4機あり、それらは以下のとおりである。2つのサイトで記述が食い違い、どっちが正しいか不明な部分も残るが、私の判断では下表のようになる。


型式 s/n コードレター 名称 備考
1. P-47C-1-RE 不詳 HV-P 他の4機に比べ、存在が怪しい。サイト@ではこれが"Half Pint"とされるがAでは本機の記述がない。
2. P-47C-2-RE 41-6235 HV-P Half Pint サイト@ではこちらが"All Hell"とされる。Aでは"To 36 F/G & lost 13 Aug 44"との記述。
3. P-47D-5-RE 42-8461 HV-P Lucky サイトAでは"Lost 22 March 44 - Lt. Dale E Stream KIA"とされる
4. P-47D-15-RE 42-76234 HV-P All Hell サイト@では"Double Lucky"とされる
5. P-47D-21-RE 42-25512 LM-Q Penrod & Sam サイト@ではP-47D-21-RAとされるが間違い


 個別に考察していこう。まず、有名な43年6月26日の乗機については、穴だらけになった41-6235、HV-Pの写真があり、これに間違いない。国籍マークは黄色フチ袖なし。写真ではわからないが、通常は主翼上面は黄フチなしなので注意。コードレターHV-Pはステンシルタイプで、細い黒?縁がつく。また、"Half Pint"についても実機写真があり、P-47Cの特徴である上半分のみのカウルフラップ。カウルにモーニングを着た人物のパーソナルマークがある。塗装図などでは人物の下に"HALF PINT"の文字が入るが、文字ありの写真は私は未見。

 このC型の「腹」が、B型と同様なスマートな形なのか、改修されて胴体増槽ラックが取り付けられD型のように垂れ下がった形なのかは、写真のアングルでは不明。56FG所属のC型を見ると、両方の写真が存在する。ただ、手持ち写真をざっと見たかぎりでは、黄フチ国籍マークの頃は、スマートな腹をしている機体ばかりで、垂れ下がっているのは袖付インシグニアとなっているので、41-6235もスマートタイプかな。

 その他、ここに掲載していない写真から、風防左側の三角窓なし、背部防弾板はお好み焼きのコテ形、バックミラーは一体型、スコアマークなし(当時すでに1機撃墜している)というのがわかる。

 問題は41-6235が"Half Pint"かどうかだけど、そうだとする記述の方が多いので、まあそう考えてよいのでは(←あまり根拠なし)。ところで、あれだけ撃たれれば廃棄処分になってもおかしくなく、資料によりそういった記述もあるが、Aによれば、41-6235は44年8月まで使われたとある。ほんとかいな?他機との勘違いか?



銃弾痕だらけのP-47C-2-RE、s/n41-6235。キャノピの損傷など、事実通りだ。

"HALF PINT"のノーズアート。写っているのは、もちろんジョンソン本人。カウルフラップの特徴からC型とわかる。


 次に3.の42-8461、"Lucky"について。これは下の数枚の写真から、ほぼ確定。資料によっては、スクラップになったC型(上記記述とは微妙に食い違うが)のかわりにジョンソンにあてがわれたD-5-REと書かれている。レターはステンシルタイプだが、細縁は無いように見える。
 写真を見ればわかるが、あえて注意喚起すれば、左翼下面にも国籍マークあり、主翼パイロンなし(当然Half Pintもなし)、アンテナ柱なし。

 興味深いのは、上の横長と下左の写真ではカウルフラップがD-5オリジナルの下まで幅が一定のタイプ。下右は改修された標準タイプ(←ホントにそうかは若干の疑義が入る余地があるが)となっている。また、バックミラーの形状も上と下左の写真では異なる。そう思ってみるとLuckyの字体も違って見えるが、これは写真のいたずらかなあと・・・(←ホントにそうか?でも下左写真は不鮮明だし・・)



尾翼のシリアルから、P-47D-5-RE、s/n42-8461に間違いない。ノーズアートは記入されていない。カウルのOD/NGの塗り分けラインから、下と同じ機体と考えられる。

Luckyのノーズアート。写っているのはジョンソン本人。

同じくlucky。カウルが赤?に変わっている。左ジョンソン、中ゼムキ隊長(日本では「ゼムケ」が一般的だがネイティブによればこのように発音するとのこと、「マハリン」も同じ)、右マフーリン少佐。よく見ると、スコアマークが4機追加されている。


 次は4.の42-76234について。これはそのものズバリの写真があり、疑問の余地がない。補足で解説すると、胴体にインベイジョンストライプを巻いているが、これはジョンソン帰国後に別のパイロットが使用し、タキシー中に損傷したと写真キャプションに書かれている。(ジョンソンは1944年6月6日、まさにDDのその日に帰国したから、彼自身はDDストライプに乗ることはありえない)。

 ところで、スコアマークを並べたOD塗装機のコクピットに座ったジョンソンのポートレイトが数枚ある。これらはスコアが11機、14機、16機(これはマハリン少佐が登乗している)、25機、27機のものがある。これらを並べて見比べて初めて気付いたが、機体は2種類あり、点検パネルにかかるマークの位置を比較すると違いが判る。16機までは3.の42-8461、他方は4.の42-76234と考えられる。42-8461はAによれば44年3月22日に失われている。



P-47D-15-RE、s/n42-76234。機首は赤。スコア25機。パーソナルマークが記入されていないのが罪作り。Pのステンシルの位置は、機体によって差異があるのに注意。

16機撃墜時のジョンソン機。42-76234でなければ、D-5-RE、42-8461"Lucky"か?

25機撃墜時の有名な写真。左写真と鉄十字の位置関係を比較されたい。風防下の白?四角形からみても、こちらが42-76234と考えられる。


 次に作品のマーキングに選んだ"Penrod and Sam"について。25機撃墜と27機撃墜の両方の状態の写真が残っている。無塗装銀、機首が赤、ラダーが黄色、レターは黒。おそらく左翼下にも国籍マークあり。"Penrod and Sam"は黄色の文字に黒?シャドー(赤背景の部分は白シャドー)とされる。写真では文字がかなり濃く写っている。ただし、赤も黒のように暗いので、やはりオレンジイエローくらいが妥当か。逆にシャドーが赤だったりして・・・(汗)。

 機体の特徴を見ると、バックミラーは丸形で足のついたタイプ(黒らしき暗色で塗装されている)、ガンサイトは英軍GM-2で、四角いガラスに片側2本の細いステーのタイプ。主翼パイロンあり、ホイルキャップあり、アンテナ柱あり、アンテナ線は見えず、胴体下タンク振れ止めあり、ペラはカーチス・パドルブレード。



再掲。ボブ・ジョンソンのNMF(無塗装銀)はこの1機のみ。

再掲。

ジョンソンとPenrod and Sam。トリミングで切れているが、翼上にはペンロッド機付長が写っている。脚柱の色(銀でない)など、見所多数。

ジョンソンと握手するペンロッド。いかにもヤラセっぽいポーズだが、そんなことよりモデラーとしてはバックミラー、ガンサイトに注目したい。

全体像。尾翼ラダーとカウルの文字とが同じ色であることがわかる。コードレターやシリアルの字体(P-47は、「2」の字体が複数あったり、ステンシルタイプかそうでないかの違いがある)や記入位置もわかる。


 Penrod and Samとは、当時有名?だった小説(映画にもなった?)のタイトルで、ジョンソンのミドルネームがSam、彼の機付長の名前Penrodであることに由来する。コードレターLMは62FSのもので、彼は44年5月1日に少佐に昇進とともに61FSから62FSに異動したことから、撮影は5月以降だ(25機撃墜は4月、27機は5月8日、6月には帰国)。


■ 銀塗装 12/15追加

 以前製作したP-47NやBACライトニングではゴージャスな輝きを狙ったが、今回は、前線で日数が経過し、ジュラルミン表面が酸化して輝きが鈍り、白っぽくなった(ここでは白化と呼ぶことにする)銀肌を目標とする。それでなおかつ金属感を失わない塗装表現というのは、結構悩ましい課題だ。

 基本技法は、塗装後にペーパーで表面をスクラッチするというもので、メビウス3氏の研究成果を借用するもの。スケビに氏の素晴らしいF-5(P-38の偵察型)が掲載されていたのをご記憶の方も多いと思うが、まさにその技法だ。本番塗装前に不要パーツで試してみる。用意したのは@クレオスの銀(#8)、Aガイアカラーの銀、Bクレオスのクロームシルバー、Cクレオスのスーパーファインシルバー(SFS)。

 結果は、@は塗膜が弱くてダメ。Aは色味が4つの中で一番白っぽく明るく、スクラッチ後の金属感も良い。惜しいのは塗膜が弱く、ティッシュなどでこすると銀粉がはがれる。クリアーを混ぜても改善しない。Bは金属感はいいのだが、色味が暗く(重厚な金属感を出すために「つなぎ」に黒色を混ぜているのでは?)、白っぽい銀にならない。Cはそのまま吹いた状態でもかなり明るい銀(やや青味がかる)。スクラッチ後の金属感も良好。そして何より塗膜が強固。スクラッチすると当然削り粉が出るが、それを拭った後はティッシュ等でこすっても銀粉が落ちない。

 スクラッチする研磨材もいくつか試した結果、3Mのスポンジヤスリ#1200または#800が最良との結果。また、うずまき氏によるプラ表面にペーパーで傷を付けて銀塗装という技法については、可能性は感じるものの、リベット後にモデル全体に傷をつける勇気がなくて不採用。

 ということで、最終的にCのSFS+スクラッチを基本とすることに決定。ちなみにこれ、メビウス3氏の結論そっくりそのまま。参考までに、ハイブリッド塗り(P-47NやBACライトニングを参照してね)後、さらにスクラッチというのも、それなりに効果あり。

 さて、SFSそのままでは、少々輝き過ぎ。そこで白化した銀とするため何らかの対策が必要。そこでまたメビウス3氏のアイディアを拝借し、SFSに少量の#1白を混ぜる。極少量で劇的に輝きが落ちるので、試し吹きしながら慎重に調合する。結果的に白の量は微量(申し訳ないが正確な混合比は不明)。生のSFSは青白く冷たく硬い感じのする銀だが、白混により少し鈍くなったかわりに、青味が抜け、明度が上がり、柔らかく暖かい感じの銀になる。


■ 本番塗装

 その前に下地の最終調整。まず、主翼上面にリベットの打ち忘れを発見(フラップの前方)。打って、磨いて、サフ吹いて。その他埋めたはずの点検パネルスジ彫りが埋まってなかったり。

 いよいよ本番。まず、SHSビン生で下塗り。リベットが埋まっては元も子もないので、濃度に気を使う。乾燥後にゴミなどをペーパーで落として、再度補修して下塗り終了。次に白混SFSを上吹き。リベットの有無のせいか、試し吹きのテストピースと本番とでは印象が異なるので、微修正する(白の量を変えて2種類作っておく)。

 今回作業中に気付いたのだが、翼などの平面に近い部分と、胴体など曲率の強い所では、同じ銀塗料でも輝きが違い、曲率の強いところがより輝いて見える。そのためモデルでは翼と胴体とが「結果的に同じ輝きに見える」ように「塗料(白の分量)を変えて」塗る。

 半日程度おいて十分に乾燥させ、スクラッチ。下ろしたての#1200か、使い古した#800が良好な結果。パネルごとに区切って、スクラッチの程度や方向を変えて、トーンに変化をつける。まあ、パネル毎のトーン変化って実機ではほとんど無いから、本来は不要かな。いわば模型的演出あるいは記号。つまり漫画の心理描写で「し」の字を描いて「冷や汗」とか、オデコにバルケンクロイツ描いて「怒り」みたいな。

 スクラッチした結果は、当初の目標である白化した銀よりも光ってしまい、工場出てすぐのような感じ。ただし、純粋にスクラッチの効果なのか、下地の生SFSが露出したためかは不明。また、リベットの有無も、見た目の印象に大きな影響を与える。



SHS+#1白を吹いたところ。光源の写真用電球の他に室内の蛍光灯が反射しているため、写真ではより青く写っているように見える。

左の状態から、#1200でスクラッチしたところ。ヘアラインが入り、金属感がアップする。ちなみにこれは左水平尾翼。



■ スミ入れ

 こうして出来上がった銀塗装面だが、リベットの「ぎらつき」が少々うるさい。そこで、リベットへのスミ入れを試みる。エナメル汚しは不安を感じるので、例により水系汚し。まずは石鹸水溶きパステル粉でウォッシング。

 リベットへの定着がいまいちのようなので、さらにタミヤのウェザリング・マスターの「スス」を水で溶いて(これ水溶性なのだ)リベットに擦り込むように塗布し、濡れティッシュで拭き取る。ウェザリング・マスターは、素材の特性上、完全に拭き取れないので、銀の表面が若干暗くなる。これによって、さらに当初の「白い銀」という目標から遠ざかり、少々残念。まあ、仕方ないと諦める。



さらにウォッシングしたところ。表面のぎらつきが多少落ち着いた質感になっているのだが、写真のライティングの影響もあり。

同じく主翼上面。スクラッチの方向により、パネルのトーンが変化しているのが、お分かりいただけるだろうか。



■ さらに考察

 上記の技法、まずまずの金属感なのだが、面と平行に近い角度から見るときなど著しく金属感が劣る場合がある。これを改善しようと不要パーツで実験したところ、@極薄に希釈したSFSを上吹き、またはA#46クリアーを上吹き(ただし、表面がシンナーで濡れて下の銀塗装が侵されないように、吹き付け量と濃度に注意)が有効。@だと輝き過ぎるかなと思い、作品ではAを採用。

 ここでふと、「白を混ぜるのでなくフラットベースを混ぜてもいいのでは?」と思いつき、実験してみると、なかなか良い感じ。今回の作品にはもう無理(これ以上塗膜が厚くなるとリベットが埋まりそう)だけど、次の作品でやってみようかな。フラットベースの混合割合などには、研究の余地がある。


■ ウインド・シールド 12/27追加

 風防取付の前に防弾ガラスを取り付ける必要がある。このため、いつもと手順を変えて、わざわざ風防接着を塗装後にしていたのだ。防弾ガラスはCDケースの透明プラスチックを切り出す。取り付け部付近の詳細、特にガラス下辺の形状が、直線なのか、胴体フレームの形状に合った円弧状なのか、不明。直線に見える写真もあれば曲線に見えるものもあり、判断つかない。ひょっとして2種類あるのか?

 防弾ガラスは円弧状の胴体フレーム上に設置される。位置、角度は慎重に決める。横から見て、風防先端と平行になる。なお、タミヤ1/48キットの防弾ガラスは、幅が全然足りないので要注意。同社キットの数少ない要修正点である。

 自作した風防パーツには、0.13mm厚透明プラバンで窓枠をつけているが、下端のものは胴体との接着時に接着剤に侵される危険性が大。そこで、ポリパテで裏打ちしておく。メンドクセー。窓枠にはたまぐり#3でリベット。ただし一部の窓枠にはリベットはない。

 そして、緑フタにて慎重に胴体に接着。接合部には、ポリパテを盛り、なだらかにカーブをつなげる。案の定、下側の窓枠のリベットが消え、整形後に打ち直し。



防弾ガラス、照準機基部を接着後に風防を接着。背部防弾板、シートも取り付ける。

操縦桿上部には、機銃発射ボタンを伸ばしランナーで再現(赤点)。

接合部はポリパテで処理する。パテは嫌いだけど、ここはパテしかないでしょ。削り粉が入らないように厳重にテーピング。

照準機はクイックブースト。ステーはプラバン細工。



■ フラップ再び

 主翼取付けロッドをフラップに接着する。キットはフラップ上下を接着する際に、ロッドパーツを挟み込む設計になっているが、それでは整形の邪魔だしリベット打ちもできないので、後付けにしたもの。細かいことをいうと、ロッドの機構、形状は実機と微妙な違いがあるが無視。点での接着となるので、真鍮線を通して強度を確保。そのためにフラップ側にも受けのプラバンを貼ってある。

 丸メカによれば、フラップ角度は最大40度ということなので、大体それに合わせる。主翼には、そのままロッドのパーツを差し込めばよい設計になっているので、これはありがたい。

 ところで、キットのフラップ本体のパーツは、胴体フィレットとの取り合い部分などに段差があってNGだ。タミヤの1/48サンダーやマスタングも同様の凹みがあるが、もちろん実機ではこんな段差はない。素組みで作る人も、せめてここの段差くらいは埋めてほしいな。フラップダウンをデフォルトとしているキットなら、ここはツライチにすべきだとメーカーには言いたい。もしフラップアップで組む人のために親切な設計にするなら、別に凹んだパーツを用意すればいいと思う。



左は修正済みパーツ。右のキットオリジナルパーツと厚さを比較。これはいくら何でも厚すぎでしょ。遠近法ではないので念のため。

キットは、胴体フィレットとの取り合い部分が凹んでいる(赤丸)。また、翼との取り合い部にも段差があるが、当然実機はスムーズ。



■ マーキング 1/12追加

 国籍マークは、デカールを下敷きマスキングテープを切り出して手描き。ハセガワのデカールのサイズをチェックすると、全幅が1〜2mmほど過小。拡大コピーして使う。ただし、ハセの胴体は少々細いから、素組みなら逆に小さい方がいいかも。ちなみにトラペは過大、かつプロポーション違い。周囲のフチが細すぎる。

 問題は主翼下面の国籍マーク。8AF、9AFの戦闘機は、味方対空砲からの誤射を避けるため、主翼下面左右に記入したが、そのサイズはまちまちで、P-47の場合、現地塗装の左翼は40インチ、55インチ、特大60インチのバリエーションがあり、右翼も工場塗装時は40インチだが同様に塗り直された場合がある(詳しくはモデルアートの欧州米陸塗マ本を見てね。なお、40インチなどのサイズは正確には青丸の直径ではないので注意。これも前述塗マ本を参照のこと。)。

 さて、"Penrod and Sam"はどうかというと、右翼は実機写真により40インチで確定。しかし、左翼は写真が無く不明。そこで56FGの他機の例を参考にするが、これが法則性がなく、わからない。傾向としては初期OD塗装のレイザーバックでは大きいサイズが多く、その場合右翼も大きいものが多い。後期のバブルトップになると40インチが主流だが、かといって全てがそうでなく例外もあり。

 肝心の無塗装の後期レイザーバックはどうかというと、これも両方のケースあり。同じ62FSの無塗装レイザーで40インチが確認できるので、「えいやっ」と40インチに決定(青丸の直径は35.7mm)。"Penrod ..."機は多数の写真が撮られているはずで、そのうち決定的証拠が出てきそうでコワイな〜。

 細かい話しを1つ。フラップの歩行禁止の赤ベタ塗りは、写真を元に幅を割り出すと、デカールより広く、ちょうリブの上になるようである。

 もう1つ、アンチグレアのオリーブドラブ塗装。実機では2種類の塗り分けがあって、簡単に言うと、フラップの切れ目が塗装境になるのと、そうでないのと。この使い分けの法則が不明で、どなたかご存じの方がいらっしゃれば、ご教示いただけると大変有り難い。リパブリック社の工場生産中の写真を見ると後者なので、こちらが工場オリジナルで、前者は現地塗り替えという気もするが、確証なし。レイザーバックだけでなく、バブルトップでも2種の塗り分けあり。ちなみに、"Penrod ..."機は後者。トラペの指定塗装のダナム機"Bonnie"や、"Hun Hunter XIV"は前者。


■ 調色

 赤と黄色は、56FG機のオリジナルカラー写真のイメージに合わせる。銀地に赤黄という組み合わせは、彩度が高いとオモチャっぽくなるので、スケールモデルとしては色合わせに神経を使いたいところだ。黄色は、写真ではオレンジイエローが少し退色したという印象。#109キャラクターイエローと#4黄色を半々程度。結果的に、P-40Lやモスキートに使った黄色とほとんど同じ。#109は、かなり彩度が低く(別の言葉でいうと濁っている)かつ赤味が強い。それを#4で原色側に戻す。

 赤は、写真では鮮やかな印象。フィニッシャーズのピュアレッド(これは鮮やかな金赤。BACライトニングのラウンデルに使用。)と#327サンダーバーズカラーを混ぜるといい感じ。案外#3が近いのかも知れないが持ってないのでわからない。隠し味に#114のRLM23レッドで「くすみ」を加え、スケールモデルの落ち着きを狙う。3色の比率は5:4:1程度か。

 インシグニアブルーはいつもの自作カラー。P-40やヘルダイバーでは白を混ぜて退色感を出したが、今回はそのまま使用。改めてレシピを紹介すると、グロス・シー・ブルーと黒を半々に混ぜ、微量の白で明度調整。ほとんど黒に近い紺である。ヘルキャットやコルセアの写真を見ると分かるが、実際のインシグニア・ブルーはグロス・シー・ブルーより暗い色なのである。ところが、デカールの色調は大体が明る過ぎ。シーブルーを塗った上に貼ると、それより明るくなってしまうよ。特にハセガワキット付属のやつは顕著。エアロマスターなんかも、まだ明るい。白はいつもの#62艶消し白+フィニッシャーズの白。

 オリーブドラブは、前回P-47Nで使った自作カラー。脚柱も同色で塗る。


■ マスキング&吹き付け

 ここでトラブル発生。紺を吹いた上に白のためのマスキング作業中、紺が一部分テープにくっついてはがれる。原因は、マスキング境から染み出さないよう、濃いめの塗料を粉っぽく(つまり表面が濡れないように、少量ずつ薄く)吹いたためか。テープの粘着力を極限まで落として貼る。

 白塗装も染み出し厳禁なので、塗料の濃度、吹き付け厚さに細心の注意を払い、濃いめの塗料を「粉っぽく」吹き重ねる。ある程度「粉」の層が出来上がれば、少し濃度を薄めて表面が平滑になるように吹く。

 塗装後、恐る恐るテープをはがすと、今回は「はがれ」はなし。濃度、厚さに気を付けたせいか、塗り分けもシャープ。ま、よく見りゃ、ヘンなところもあるのだけど、手描きの「味」ってことで。



まず、位置決め。今回機軸に正確に直角にするため左右翼端に糸を張り、その糸と袖を合わせる。

周囲を貼ってから、中をはがす。

マスクして紺を吹いたところ。

その上に白のためのマスキング。この後、漏れだし防止にテープとテープの境などを念入りにマスクして塗装する。

翼下面は、少し改善して工程数を減らす。紺のマスクと同様、白星と袖を先に貼ってから、周囲を貼る。

予想はしていたが、予想以上にオモチャっぽいカラーリングでがっかり。もっと彩度を落とせばよかったか。

アンチグレアのオリーブドラブも塗装。

下面はこのとおり。


 ところで、アンチグレア塗装作業中に思ったのだが、カウルフラップやカウリング点検パネルの分割線とアンチグレアの境界の辻褄がいまいち合っていない。これは、工作中に塗装のことまで考えながら作業すればちゃんと合うんだけど、いつもそこまで気が回らない。同じミスは過去に何度も繰り返しているのに。反省。


■ インレタ

 "Penrod and Sam"機の1/32デカールは、探せばあるようだが、書体の正確さに欠けるから、どうせ使えない。そこでインレタの自作となる。Penrod and Samは、実機写真をトレースして版下を作成。写真は斜めからの撮影で歪んでいるので、直せる範囲で修正。使用ソフトはいつものエクセルのお絵かきツール。

P-47用版下はこちら

 前回スピット19と同じくアドマさんにマックスラボを発注。黒、白、黄の3色+ネガ1枚で合計5,305円。銀座伊東屋は1枚でこの値段だ。黄色の色番号は108番で、これはまさにオレンジ・イエローという色調。実機写真は「かなり濃い黄色」という印象なのだよね。



代金節約のため、ネガ1枚にして3色刷る。無駄な部分もできるが、結果的に安上がり。余ったスペースは将来作る「かもしれない」分。






塗装はまだ続くよ。





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